肩書や上下関係は成長を妨げる要因になるよねという話 ~現代は誰もが肩書や地位ではなく個人として評価される時代です~

ULTIMATE BLUE

こんにちは、じくうです。

突然ですが皆さんはどのような肩書をお持ちですか?

僕は現在、世間に認知されるような肩書というのはせいぜい「会社員」程度しかありません。

ブログを開設している時点でブロガーを名乗っても良いのかもしれませんが…。

僕はこの肩書が好きではありません

いえ、嫌いです。

更に質問ですが皆さんは今上下関係に悩んでいらっしゃいますか?

僕は現在、上下関係には特に悩んでいません。

でも僕は上下関係が嫌いです

今回は僕が肩書と上下関係を嫌う理由について書いていきます。

まず、何でこんな記事を書こうと思ったのかということ。

今の社会は実に多様な人間がいます。

1人の人が色んな事をやっていくのが当たり前な時代です。

それはインターネットというテクノロジーのおかげだと思っています。

インターネットによって世界の色んな存在にアクセスでき、次々に興味関心が移り変わりやすい環境が完全に整備されています。

というか興味関心が移り変わらないわけが無い環境です。

今まではそういったテクノロジーが無く、情報に閉ざされた環境だったので、自分の興味関心は身の周りの環境だけに左右されていました。

しかし今は身の周りなど関係なく様々な情報にアクセス出来るのです。

僕がここまで青色を好きになったのも、インターネットのおかげだと思っています。

どんどんと青色について調べるようになったのはインターネットがあったからなのです。

話が逸れましたが、前提としてはこのように色んなことを出来る、知れる世の中だということがあります。

肩書が生む先入観と上下関係が妨げる成長

僕は今の世の中をこんなふうに捉えています。

人が肩書で評価される時代ではなく、その人個人の個性・人間性によって評価される時代

今までは情報に閉ざされていたために、農家は農家、会社員は会社員、音楽家は音楽家、政治家は政治家というように生涯を肩書1つで終えることが普通でした。

自分を他人に説明するのに、「会社員です」とうように自分を肩書で表現して伝えればよかったのです。

今まではそうでした。

でも僕はこれに対して嫌悪感を感じました。

「自分という人間を理解してもらう、認めてもらうためになぜ肩書を使わないといけないのか」という気持ちがあったのです。

簡単に言うと、個人個人は肩書1つで評価されていいものではないということ。

「会社員です」

という言葉に個性や人間性は微塵も感じられないですよね。

どんな会社員なのか、何に興味があるのか、そういった部分が欠如してしまい、その人個人をまっすぐに見れなくなると思うのです。

「会社員です」

という言葉は先入観を生みます。例えばその人が会社員以外のことをしていたとして、それを知ったときに素直に受け入れられなくなる、認めにくくなるのです。

まとめると、肩書はその人に対する先入観を生み、その人を正当に評価できなくなり、自分自身の視野も狭めてしまうと僕は思うのです。

次に上下関係についてですが、これは僕以外の方々も何となく感じていることではないかと思います。

あらゆる業界、組織、団体には必ずと言っていいほどの上下関係があります。

はっきり言ってこの上下関係は本当にくだらないと思います。

例えばある会社の先輩と後輩がいたとします。

現在はまだ先輩のほうが何となく偉い、凄いというのが当たり前なので、先輩が後輩に指示を出すわけです。

確かに最初のうちは先輩のほうが仕事が出来るし色んな事を知っているでしょう。

しかし時が経つにつれて後輩のほうが仕事ができ、色んな事を知るようになることもあります。

このときに上下関係という障害があるとどうなるでしょうか。

何となく先輩のほうが偉い、凄いという雰囲気があるので、先輩は素直に後輩に聞きたいことを聞けないし、後輩は先輩の顔色を伺って教えたいと思っても教えられない。

こんな状況に陥ってしまうのではないかと思います。

つまり上下関係を気にしていると、自分自身やチーム全体の成長を妨げる要因になりかねないのです。

肩書と上下関係は個人個人やチーム全体の可能性を無くしてしまうことが懸念されるわけですね。

以前僕は堀江貴文さんの「多動力」を読みました。

それについての詳しい感想は以下の記事をご覧いただければ嬉しく思います。

この記事で僕は肩書をたくさん持つことがこれからの時代で大切になってくるというところに着目して感想を書いたわけですが、肩書が嫌いなぼくの考えを突き詰めていくと、

真に重要なのは肩書で語れないほどたくさんの肩書を持ち、自分ひとりの人間としての存在を確立させる

これが重要だということです。

実際、堀江さん自身も本当に数多くの事業に携わっており、彼は何かの肩書ではなく「堀江貴文」という1つの存在として認められていると思います。

以前の記事の補完的な内容になってしまいますが、堀江さんが真に言いたいことも、突き詰めていくと「肩書を持ちすぎて肩書を持たない」ということなのでは無いかと思います。

また、インターネットやSNSなどによって世界の色んな人とつながれるようになり、同じ趣味を持つ人を見つけられやすくなっています。

そのようにして仲良くなった人たちとは年齢など関係なく交流を深めることができますよね。

そこに上下関係はあると思いますか?

このように、自分の所属している界隈や関わっているグループをちょっと変えただけで、上下関係など瞬時に消えてしまいます

このようなことから、僕は上下関係などくだらないと思うわけです。

70億のロープの話

僕は世界の人々を70億のロープに例えて考えています。

一人ひとりを1本のロープとしてみると、世界には色んな形、太さ、色の70億のロープが存在しているわけです。

しかし実際には今のところ70億ものロープがあるようには感じにくくなっています。

それは、肩書や組織といったロープの束があるからです。

肩書や組織といったロープの束を構成している一本一本は束に埋もれて見えなくなってしまう、1つのロープの束でくくられて見られてしまいますよね。

今まではこのように僕たちロープ一本一本が評価されにくい世の中でしたが、これからは、いえ、既に違います。

世界に誰もが自分を発信できるので、ロープの束から抜けやすくなっています。

そしてロープ1本としてそれぞれの形や色といった部分を評価してもらえるのです。

僕はこの先どんどんロープの束が少なくなっていくと思いますし、僕も1本のロープとして自分を発信していきたいと思います。

そうなればもう、肩書も上下関係も本当に関係なくなるのです。

今回はここまで!

読んでくださった皆さん、ありがとうございました。

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